(via toyolina)
(Source: futureisfailed, via toyolina)
zlas:
(via toyolina)
昔、店の中いっぱいに、枯葉を敷きつめた古本屋があって、客の評判だった。
客はカサカサと落ち葉を踏みながら、書棚の本を探すのである。
何という風流だろう。
主人は近所のお屋敷をのぞいては、美しい枯れ葉を見つけると、
すみません、譲って下さい、と頼んで、用意のビニール袋に詰め込むのである。
あなた何屋さんですか? と聞かれて、はい、落ち葉屋です、と答えた話が残っている。
—<出久根達郎 / 東京歳時記> (via pal-hala)
shinoddddd reblogged chelseamix:
(via tataraseitetsu)(via ibi-s)
三島由紀夫が大蔵省に勤めてたとき、作った資料の文章が難解すぎて使えなかったって話がある
いくら文章力で知性あらわれるっていっても、使いどころ次第でクズになるのな
文章力で知性が分かる分からないの話は置いといて、手持ちの知性をいかに上手に使えるかってことの方が重要な気がするぞ
»539
三島の文章は簡潔で一通りの解釈しかできない、つまり「官僚の答弁」の真逆だった
こうだったはずだがどうでもいいな
文章力って、手っ取り早く知性を測れる良い指標だと思う | ライフハックちゃんねる弐式 (via alice-lives-in-the-reblogia)
mcsgsym reblogged alice-lives-in-the-reblogia:
(via tataraseitetsu)
shinoddddd reblogged edieelee:
(via tataraseitetsu)(via ibi-s)
(Source: love-to-love-you, via sugitaro)
しかし小学校低学年~中学年を主たる対象とした少年漫画雑誌に「貧乏くさい猿が木の根っこを削って作ったクラブでゴルフをする漫画」を描いて、そこそこ売れた時点で藤子Aは天才である。本来、ヒットする要素ゼロだろ… — Twitter / kettansai (via aznyan-ultimate)
(via oya08)
204 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/09/10(金) 10:52:47.41 ID:OoycHdPvQ
どのくらい凄いのかわからないが
親父がアフリカの部族の偉い人を助けたらしく
その部族に子供が生まれると、人形を贈って来る
あと親父が戦う時には、18人の戦士が来る約束があるらしい
—
2010-09-12
(via quote-over100notes-jp)
嫉妬という感情は、嫉妬すべき対象があるから生まれるのではない。自分が評価されない原因が自分の努力不足にあると認めたくないから、「あいつは実力もないくせに」と誰かを貶め、仲間と悪口を言い合い、自分で自分をごまかす。これが嫉妬の正体だ。だとしたら、俺が嫉妬を買ったのは、実は俺のせいではなく、嫉妬する連中自身の問題なんだ。それゆえ、嫉妬している連中が、何クソと奮起して評価されない限り、嫉妬はなくならない。つまり、俺に解決できる問題ではないわけだ。 — 乗り移り人生相談:【145】「ほかの女と遊んでいいのよ」などと言う女が一番危ない | BPnetビズカレッジ | nikkei BPnet 〈日経BPネット〉 (via motomocomo)
(via ibi-s)
(Source: moth-milk, via ibi-s)
(via sugitaro)
(Source: acricket86, via 4400mg)
特に“ハッカー”と呼ばれる最上級のプログラマは、技術者というよりも数学者か
アーティスト、あるいはプロのスポーツ選手に近い。素晴らしく効率が良く、美しい
コードを短い時間で書き上げる。彼らは凡人がどれだけ努力しても到達できない領域で
プログラミングをしている。1人の最上級プログラマの価値は、凡人プログラマ100人分
以上に相当するのである。
最上級のプログラマは数学者かアーティストかプロのスポーツ選手に近い存在なのだから、
早熟な人も多く、若くても高い能力を発揮する。当然、給与も石川遼選手並みとはいか
なくても、年功序列などではなく、十分な高給を支払ってしかるべきだ。要するに特別
扱いしなければならない。
このようなことは、ここで書くまでもなくプログラマの間では常識だ。だから、少し前に
話題を呼んだグリーやDeNAの新卒年収最大1500万円や最大1000万円という額に、ガチャ
商法には唖然・愕然としている筆者もまったく驚きはしなかった。両社の経営陣は最上級
のプログラマの価値を正しく認識しているだけなのだ。
(via ibi-s)
昔、大阪で、豪快にもほどがある道の迷い方をしているイタリア人を京都に連れてったことがある。
(時間はかかるけど安い路線あるのと、当時はニートだったから時間あった)
数ヶ月後にメールが来た。
「日本人の親切さは恐ろしいほどだったな!
君に逢えて、こんな親切で旅仲間としても申し分ない奴は
二人といないと思ったから、旅館で真剣にプロポーズの言葉考えてたんだ。
そしたらどうだ、道に迷って日本人に聞くたびに、片言の英語で全員、全員だぜ!
全員が、正しい場所を教えてくれたんだ。
言葉が通じない人は全員、全員だぜ!全員が、ついて来い、
一緒に行こうって身振り手振りで正しい場所に連れて行ってくれた。
正しい場所にだ。ありえない!!
全員にプロポーズしたら俺は身が持たない!!
だから君もイタリアに来い。来たら俺の家に来い。そして道を聞け。」
日本人が親切だってこと以上に論理のムリヤリさに、そしてそれ以上に
どうやら正しく道を教えてくれるイタリア人は も の す ご く 稀有なのだということに
笑いつつガクゼンとした
(via ibi-s)
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